日本語論文

   自由集会「生物多様性科学の統合をめざして」参加レポート

    時田恵一郎(大阪大学サイバーメディアセンター、院理、院生命機能)

 表記の自由集会に参加致しましたのでその内容を報告します。最初に企画者
の山内淳さんからお話を頂いた時には、「日頃机上の空論で遊んでいる自分の
ような者よりももっと適任がいるのではないかしら」とも思ったのですが、私
とは別にコメンテーターとして嶋田さんが参加され報告書も書かれるというこ
とでしたので、レポートに徹することなら自分にも可能であろうと思いお引き
受けしました。生態学会に参加するようになったのはここ5年ほどの新参者な
ので、調子外れなことを書いてしまうかも知れませんが、初心者にはそのよう
に聞こえたという風にご理解頂ければと思います。

 本自由集会は大会3日目の午後2時半から行われました。4日目最終日は午
前に公開講演会を兼ねた企画シンポジウムを残すのみでしたので、具体的な議
論が交わされる場としては、実質的な最終日となります。同じ時間帯には、
「生態系エンジニアとしての大型動物ー環境改変を介した相互作用とその影
響」、「日本におけるエコツーリズムの現状と研究者の役割」、「第9回植生
地理学の視点:上部温帯林再考」および「植物の生理生態:生理生態学に有効
な非破壊的測定の技術」という、比較的フォーカスが強いものが多かったので、
本集会は最も抽象的な内容を扱うことを目指した野心的な試みであったと言え
るのではないでしょうか。実際、参加者の顔ぶれを見たところでは、顔を知る
理論屋の割合が多かったように感じられました。参加人数50人弱で、大きめ
の教室といった感じの会場の1/3くらいが埋まっていました。当日は予想よ
りも多いという印象を持ったのですが、ここ最近の大会参加者数は記録を塗り
替え続けているようですし、先日の大阪大会での自由集会の様子と比較すると
平均的な数だったのではないかと今は感じます。

 まず最初に、山内氏が本集会の趣旨説明をされました。生物多様性研究は、
近年では特に保全の枠組みで語られることが少なくありませんが、本集会では
必ずしも保全とは関係のない、より一般的な文脈で進めるという説明がなされ
ました。その趣旨は「生物多様性科学の統合を目指して」という集会タイトル
に組み入れられた「科学」や「統合」という言葉にも象徴されているものと思
われます。言うまでもなく、生物多様性に関しては、様々な分野からの、それ
こそ文字通り多様な取り組みがなされてきているわけですが、そのような分野
間の相互理解・知見の統合が十分になされているとは言い難いものがあります。
山内氏は、そのような状況に鑑みて、多様性研究の統合の必要性・可能性を議
論し、もしも必要であり可能であるのならばその方法についても検討すべきで
はないか、という問題提起をされました。生物多様性研究は、大きくは、「ど
のように多様性が生まれてきたか」という多様性「創出」機構の問題と、「ど
のように多様性が存続しているか」という多様性「維持」機構の問題に分けら
れますが、それぞれに対して、種分化・進化などの進化生態学的なアプローチ、
種間相互作用などの群集・個体群生態学的アプローチ、物質循環などの生態系
生態学的アプローチなどがあり、ぶっちゃけて言ってしまえば、「なんでもあ
り」なのではないかと研究の現状を簡単にまとめられました。これに対して、
多様性に関わる研究の柱、枠組みを模索する上での情報交換の場を作り、それ
を目指すためのきっかけとなることを本集会の目的としたいと述べられました。

 その後、山内氏以外の講演者である、清野達之氏と中村誠宏氏の講演内容に
ついて簡単に紹介が行われました。さらに、京都大学生態学研究センターにつ
いて、沿革等を含めた説明がなされました。これは、大会プログラムに「本集
会の企画者と講演者の多くは京都大学生態学研究センターに所属しているが、
当センターが生物多様性の解明をめざす研究者間の連携において果たしうる役
割についても、生態学会員の意見を広くうかがう機会としたい」とあったよう
に、生態学研究センターの沿革に伴う、センター役割の変化、生態学会員が寄
せる期待の変化についても、意見を聞く場としたい、という、オーガナイザー
が意図する本集会の第二の目的を示したものです。

 上記の趣旨説明に続いて、山内氏が「一次生産に対する植食圧の役割:
Grazing Optimization(以下GOと略す)の理論的解析」というタイトルでご自
身の研究発表をされました。講演内容自体の詳細につきましては、山内氏ご自
身の報告書ページをご参照頂ければと思いますが、ひと言でまとめると、「植
食者が植物のパフォーマンスを増進させる場合がある」ということかと思われ
ます。従来、捕食圧はネガティブな相互作用と見なされてきたわけですが、ポ
ジティブな効果をもたらす可能性があることを理論的に示したわけです。これ
により、植食に対する一次生産のリアクションに関して新しい見方が提示され、
食物網の底辺で起こっている相互作用の基礎を知るという意味で、多様性研究
の文脈でも重要な知見が得られた、ということかと思われます。特に講演で強
調されたのは、従来の植物と植食者の間の種間相互作用に加えて、栄養の流れ
や、植物の成長スケジュール、更には栄養を巡る競争に関する進化的なバック
グランドという異なる視点の「統合」でした。これは、山内氏が本集会タイト
ルや趣旨説明で掲げられた「生物多様性に関する知見の統合」の実践例の一つ
になっていたのではないかと思いました。 

 講演後、いくつかのコメントがありました。菊沢喜八郎氏は、「GOは古典的
な問題で、常識のように思われているが、モデルについては慎重に再検討され
る必要があるのではないか。GOは絶対ないかというと、そういうことはないと
思っている。古い奴を食べてもらう、など。そういうことを検討して欲しい。
植物生理学的に正しい仮定を入れてきっちり調べるというのがインパクトがあ
るだろう」と述べられました。本集会コメンテーターの嶋田正和氏は、「GOに
は2つあり、刈り取られるだけで起こるGOは山内氏のモデルには入っていない。
山内氏のモデルは、糞から再流入されるが、それは刈り取っただけと、肥料と
して地面に戻したときを比べるなどの実験によって確かめられるのではないか?
 土壌中の栄養がどれくらい植物の生長に対して枯渇しているか? 枯渇して
なければ刈り取られればのびるだろう」とコメントされました。これに対し、
山内氏は、「樹木の場合には、オーバーコンペンセーション(OC)というのがあ
る。GOは草木なのでメカニズムが違うだろう。刈り取ってなお伸びる場合もあ
り、その場合は菊沢氏の指摘に対応するものとなっているので今後やりたい。
今はGOといっても、いろんなバリエーションがごっちゃになって整理されてい
ないのかも知れない」と答えられました。これに対して菊沢氏は、「OC とOG
は同じだ。地下に根をもってるから」と述べられましたが、非専門家には議論
の対象がやや植食圧の細かな話題に集中してしまい、ついていくのがやや困難
であるという印象を持ちました。

 ついで、同じく京都大学生態学研究センターの清野達之氏が、「熱帯林にお
ける樹木の多様性とその維持機構:材特性から見た機能的な多様性」というタ
イトルで講演されました。清野氏は、熱帯林の多様性を、「多種から構成され
る多機能な熱帯林」と「少種から構成されるが、種内の機能分化が多様な熱帯
林」というように、種数だけでなく、その機能から分類することの重要性につ
いて話されました。特に、「分類学的な種からは把握できない機能的なタイプ」
の多様性について注目することの重要性を強調されました。それを踏まえて、
「環境傾度」に依存した森林構造の多様性、特に「材の機能特性」の多様性な
ど、「種内での機能分化」についてボルネオ熱帯林やハワイ熱帯生態系などの
例を挙げて解説されました。同氏の研究は、多様性の指標に関して新しい見方
を提示するものという印象を持ちました.特に、熱帯林の多様性に関しては、
いわゆる「種」というくくりが必ずしも適切なものかどうか再考を促すものと
なっているのではないかと思いました。

 これに対して、嶋田氏が、葉形成の多型(微軟毛がついているものと無毛の
もの)に関して、「どのくらいの機能の違いとなって現れてくるのか?」といっ
た質問をされ、「微軟毛は乾燥適応」といった回答がなされました(メモが完
全でなくこれ以外のお答えもあったと記憶していますが、詳細については失念
しました、済みません)。さらに嶋田氏は、「導管の大きさと密度について
は?」と質問され、「導管サイズが大きいとエンボリズムを起こすリスクがあ
り、サイズが小さい方が高いところに水をあげやすい」という回答がなされま
した。山村則男氏は「堅さの違い」について質問され,「柔らかいものは速く
成長するが、折れやすい。堅いものは成長遅いが折れにくい。」といった回答
がなされました。

 最後の講演者である北海道大学低温科学研究所の中村誠宏氏は「昆虫群集に
おける植物形質の変化を介して生じるプラスの間接効果」というタイトルで話
されました。中村氏は、従来研究されてきた比較的検出しやすい「密度介在型」
の(マイナスの)間接効果以外に、被食やストレスによって引き起こされる植
物の形質の変化に基づく「形質介在型」の間接効果があり、それが植食性昆虫
に与えるプラスの間接効果をもたらすことを、ハマキガ、ゴール、洪水の影響
に関する調査・実験研究を通して示されました。さらに、植物を介したプラス
の間接効果は、植食性昆虫だけでなく捕食性節足動物にも影響を与えることを
示されました。個人的にも大規模な群集構造の形成や維持のメカニズムを理論
的に研究している関係で、同氏による新たなタイプの種間相互作用の提示は非
常に興味深く感じられました。

 これに対し、松田裕之氏が、擾乱後に「シュートの本数は増えているのか?」
という質問をされ、「枝当たりの密度のみを見ている」と答えられました。つ
いで嶋田氏が、「従来研究はマイナスが多いというのは本当か?」と質問され、
「植物を介した間接効果ではマイナスが多かったと思う」と答えられました。
私も「攪乱がある方が多様なのか?」という質問をしたところ、「ヤナギは昆
虫の多様性が高い方の木ではあった」とのお答えでした。

 ここで各演者の講演が一通り終わり、司会役もこなす山内氏が「多様性研究
自体が多様」とコメントされました。ついで、嶋田氏による「辛口のコメント」
がなされました。同氏は、「生物多様性の科学とは?」という話から始めて、
たくさんの具体的な研究アプローチをあげられた後、それらですら生物多様性
研究のごく一部にすぎず、現状での統合はできないのではないかとコメントさ
れました。さらには、日本生態学会や生態学研究センターには、多様性の起源、
歴史的系譜の研究が欠落しているとコメントされました。また、たくさんある
他学会との連携を図れるか?という問題提起もされました。特に、日本進化学
会との連携がカギとなること、進化学会は急速に発展しているので、生態学会
の中だけに籠もっているべきではないこと、などをあげられました。また、組
織としての連携に関して、多様性研究は、大規模長期プロジェクト研究の中核
ではあったが、それだけでは生物多様性科学の研究は不十分であり、組織を一
気に変えるるのは難しいとコメントされました。また、研究のアプローチとし
て、分子や物質の言葉で語るということが少ない傾向になっているのでは?と
発言されました。

 これに対して、矢原徹一氏が、「進化学会では果たせない部分の生態学分野
があり、センターでしかできないものがある。(多様性研究に関する)共通の
方法論は確立していないし、資源共有の場もない」とコメントされました。松
田裕之氏は、「大規模長期はよくやってるように見えるが、では誰が海をやっ
ているか? など、穴がある。海外の人から『センターは陸しかいない』と言わ
れた。臨海センターと連携など、分野に穴がないかなどを考えてやっていただ
きたい」とコメントされました。さらに、(お名前がわからなくて済みません)
「進化だとダイナミクス、維持だとプロセス、パターンそのものを評価すると
いうのもあるが、今日はそういう話がなかったが」というコメントがありまし
た。嶋田氏は、「たとえば生態学以外の学会の人でどれだけセンターを知って
いるか? 籠もっていたのではないか?」と発言され、山村氏が、「センター
のスタッフは、必ずしも生態学会中心でやってきたわけではない。異分野の人
がやってきていろいろなことをやってきた。籠もっているわけではない」と反
論されました。嶋田氏はさらに、「材料とか対象に目を向けていて、生態学と
いう学問としての求心力がなくなっているのではないか? 生態学というもの
に求心力を与えるべき」と発言されました。さらに柳真一さんが、「(生態学
研究センターは)理学部が別れたところというイメージしかなく、他の分野か
らは特に魅力があるわけではないのでは?」というコメントもありました。矢
原氏は「センターが日本の生態学背負ってなんてのは長島ジャパンみたいでだ
め」と発言され、松田氏は「センターにはいっぱいスタッフがいる。どうして、
その3人を選んだかということをもう一度説明して欲しい」と発言されました。
わたしもここで、話題がセンターに関する第二の目的に寄りすぎてしまったと
感じて、「生態学者は結局は皆各論をやりたいだけで、視点は『統合』などに
は向いていないのでは?」などと口走ってしまいました。山村氏は「院生に研
究室を巡らせる。ミクロからマクロまで研究現場を見せている。そういうこと
で実効が上がるのではないか。ミクロとマクロの人が連携するチャンスを作れ
る基盤があるのではないか」と発言されました。田中嘉成氏は、「組織で連携
してもなかなか連携は起こらないのではないか。センターは組織力をもってい
るので、そこがリーダーシップをとってやっていけばよいのではないか」と発
言されました。そこで、オーガナイザーの一人でもある川端善一郎氏が、「今
日の話は連携にしても統合にしても非常に難しい話だったのではないか。創成、
維持がひとつのつながった関数で表されないか? もっと簡単な話で多様性が
何故必要なのかという理由を述べる研究が必要なのではないか? 理由の一つ
として、維持機構が必要。維持するためには、どのように保全すればよいか。
情報のネットワークが必要。保全の講演の中にも維持機構に関する重要な示唆
があった。あまり整理されてない結果は苦い薬ということにしたい」と議論を
まとめられました。全体的に議論は混沌として明確な単一の解への収束をみる
という類いのものではなかったわけですが、問題の巨大さ・困難を考えれば当
然のことであり、とりあえずこのような集まりをもつこと自体の意義はあった
ものと思われます。また、問題の存在自体は参加者の間で共有されたのではな
いかと感じました。

 本集会に参加してみて、多様性研究が巨大な生態学全体を横糸的に貫くもの
であることがわかり、その難しさを改めて痛感したというのが正直な感想です
が、一次生産者(清野氏)、植食者(山内氏、中村氏)および捕食者(中村氏)
という栄養段階の各レベルにおける多様性への寄与という枠組みで見直すと、
今回の講演の構成は一つのわかりやすい「統合」の例が提示されていたように
感じられます。このような見方、くくり方が、一つの例に過ぎないことは言う
までもないことですが、多くの方々のコメントをお聞きして感じたことは、今
後も多様な研究アプローチ自体を鳥瞰する統合の視点を持ち続けることの重要
性でした。そのことを印象づけられただけで、この集会の目的は達せられたの
ではないかと感じています。さらに、このような統合の視点を通じて、生物多
様性の普遍的側面が明らかとなり、その知見が保全などの「生態系デザイン・
生態系エンジニアリング」の科学的基盤となっていくことが望まれます。理論
屋の責任も重いと感じました。

 個人的には、後に報告する義務を負って講演を聞くほど勉強になることはな
いと感じています。その意味で、この仕事をお与えくださった山内さんに大変
感謝しております。おそらく今回この自由集会に参加して最も得(自由集会で
得た知識の量の大きさという点で)をしたのは私ではないかと思われます。生
態学会も巨大化し、色々と変化が起こってきているようですが、この自由集会
という素晴らしい文化はいつまでも残っていって欲しいと願っています。特に、
「群集生態学の現在(京大出版)」などのように、自由集会が元になって本ま
で出版されたことは、他の学会では例を見ない特筆すべき事柄ではないかと思
われるので、これからもこれに懲りずに自由集会を通じて野心的な試みが続い
て行くことを切に願い筆を置きます。


© Copyright 2013 Kei Tokita, Powered by Pukiwiki.  Last-modified: Sun, 23 Jun 2013 13:50:21 JST (2339d)   リロード   新規 編集 凍結 差分 添付 複製 改名   トップ 一覧 検索 最終更新 バックアップ   ヘルプ   最終更新のRSS